眞島葵愼のブログ

近現代の歴史が好きな大学生。思ったことや感じたことを日記感覚でブログにしています。Twitter→@MajimaKishin

いわゆる「ロスジェネ世代」の一部の人達が思考停止の人生を送り続けている。

「Lost Generation」日本人が略すと「ロスジェネ」になるみたいです。

日本では、1970~82年に生まれた人は「ロスジェネ世代」と呼ばれるらしいです。

私はロスジェネ世代という言葉を最近知りまして、そのきっかけとなった動画がこちら。

youtu.be

須藤元気さんが2020年東京都知事選の立候補者である山本太郎さんへの応援演説をしたときの映像です。

須藤さんがこの演説で呼びかけたのは

・我々はロスジェネ世代とよばれていて、バブル崩壊とともに青春を迎えたんだ!政府が間違たことをしてきたからじゃないか!ロスジェネ世代が国を変えよう!

みたいな感じです。

こんな抽象的なことしか連呼していないのに、いわゆるロスジェネ世代がめっちゃくちゃ共感して、ワーワー盛り上がってるんですよね。

 

そもそもロスジェネ世代の元の言葉である「Lost Generation」とは、欧米諸国で第一次世界大戦に遭遇した人が、従来の価値観に懐疑的になった世代を指すそうです。

つまりどういう事かと言うと、我々は義務教育を終え、進学するか就職するかを決めて、結婚したり、財産をためたり、友達を作って遊んだりすることが人間のベーシックな生き方と考えますよね。

しかし、この本来の「Lost Generation」の人々は、青年期に第一次世界大戦に遭遇したがために、就職したとしてもどうせまた戦争が起こってしまうのではないか、学校に行っても学校はまた破壊されないか、といった価値観を持つようになってしまったということです。

そういった価値観を持つことで、努力を怠ってしまい自堕落な生活を営んだり、万人ウケする著作物などの作品が創造できなくなってしまうということです。これが「Lost Generetion」です。

 

日本でいう「Lose Generetion」略してロスジェネ世代(Generetion=世代なのになぜロス世代という略し方をしなかった?)という言葉は、まずメディアが定義し始めました。

つまり、日本人が「バブル崩壊に就活とか青春時代送ってた人たちってロスジェネ世代じゃね?」って感じで広まったのではなく、メディアがそう言い始めて、「え~!俺たちの世代ってロスジェネ世代っていうの!?」っていう感じでロスジェネ世代が自分がロスジェネ世代だとメディアに勝手に定義された感じです。

 

でもよく考えてください。ロスジェネ世代って本当にロスジェネ世代なんでしょうか???

戦争で住む場所も失われたわけでもなく、どっかに隔離されていたわけでもなく、文化的な最低限度の生活が保障されていなかったとかでもなく、自由が制限されていたわけでもなく、、、

ロスジェネ世代はいったいなにを失ったんですかね?????

私が思うのは、この須藤さんの応援演説を聞いて、ロスジェネ世代が「そうだ!」とかいってるのはとても恥じるべきことだと思ったほうがいいということです。

なぜなら、ロスジェネ世代が有権者になったときにはまだ、冷戦時代がようやく終わるか終わらないか位の時代だったわけで、そんな前の時代から政治に参加できたということです。

この須藤さんの応援演説を聞いて「そうだ!」と本気で言ったロスジェネ世代の人々は、二十歳になり、有権者になり、政治に関心を持っていて、選挙に行っていたのでしょうか?悪魔の民主党政権時にも有権者で、民主党政権にさせた一部の有権者はロスジェネ世代です。そして、ロスジェネ世代といいつつ、その方が大人になったころには、IT革命があり、莫大なビジネスチャンスが目の前に転がっていました。我々が今当然のように使っているインターネットやパソコン、スマホはロスジェネ世代が成人したころにはまだ普及していなかったんですよ。

そんなめっちゃチャンスがボロボロ落ちていた時代に、須藤さんの応援演説を聞いて「そうだ!」と言っていた人たちは何をしていたかぜひ知りたいですね。

もし、だらだら思考停止して政治に関心をもたず、勉強もせず、世界を見ずに、ただ働いて40歳とかになって今の政治、世の中はクソだ!変えなきゃだめだって言うのに賛同してるのってあまりにもバカすぎませんか。

ロスジェネ世代は就職氷河期を体験していますが、就職することが不可能だったわけではなく、就職倍率が高かった。それだけです。

就職倍率が高いだけで、有権者になったときに誰に投票したらいいかわからないとか、世の中どう生きたらいいかわからない、基礎的な知識がないとかいう人間になっちゃうんですか?

もし、40歳50歳でもフリーターが嫌だったらスキル取得して転職すればいい話です。それができないんだったらそれで我慢するしかないです。それだけです。

就きたい職業もないのにフリーターであることに文句を言うのはおかしいですね。

 

もし、本気で失われた時代に成人を迎えて今までを生きてきたと思うなら、そんな世代と思っている人たちに政治を任せたくないです。世代交代しなくていいです。

 

須藤元気さんはワールドオーダーというグループで活動していて好きだったのに、ちょっと残念です。

あまり、思考停止した人達を煽って国を変えようとするとソ連みたいな国になっちゃいます。労働者に過度に耳を傾けると。

もちろん、労働者に対して今の政治ではいけないと思いますが、自分をロスジェネ世代で全部国のせいにしてる奴はなにやってもダメだなって思います。

 

最後に、色々言いましたが、須藤元気さんがリーダーである私の大好きなワールドオーダーの曲を載せておきます。

www.youtube.com

これはいい曲!ちなみにこの動画が公開されたのが2011年なのですが、9年前にも関わらず「singularity」という単語が曲に入っています。

人間生きる意味は無いけど、生きる価値はある

※この記事はオケオールした私が帰宅しても寝つけなく、その間に書いた記事なんで、何言ってんだこいつってなるかもしれません。

 

いやー、東京都知事選が盛り上がっていますね。

立候補者に山本太郎という人がいるのですが、その人が結構口にする言葉があります。「あなたは、自分に生きている価値があるとハッキリと言えますか」的なことをよく言います。

私は迷わず、はいと言えます。

ただ、山本太郎のこの問に「たしかに、自分は価値のある人間か分からないな、、、」って思ってる人がいるらしいですね。。。

なんでそういう思考になるのか、、、

あなたにとっての価値っていうのは何なんですかね?

 

例えばゴールドって価値のあるモノですよね。これは希少であるからですよね。ゴールドが蛇口から永久に出てきたら価値なんてないですよね。

ウナギも価値のある魚と言えますよね、これはウナギの漁獲量が他の魚と比べて少ないので価値のある魚のです。美味しいから価値のある魚ではないです。昔なんて見向きもされない魚でしたから。

んで、我々。我々は2020年の日本に居ます。私はもうこれだけで価値のある人間が誕生していると思います。

なぜかというと、2020年にしか体験できないことと、日本に居ないと体験できないことがあるからです。

現在、人間の1.7%が日本人です。あなた達は世界人口の1.7%の存在です。

その中で我々は常識だと認識している文化や習慣、あるいは、風潮があります。

例えば、神社に参拝すること、日本語が理解できること、道路を左車線で走行すること、箸を使ってご飯を食べること、日本の歴代総理大臣の顔が分かること、日本の歴史がある程度わかること、日本が世界地図のどこにあるのか分かること、韓国、北朝鮮が隣国であること、四季があること。。。など、、、

これらは世界にいる人間の多くの人は当たり前ではないです。上記の例えを体験している人間は凄いと思われますし、希少な人間です。

 

それと、時代。これも価値を深める要素です。

例えば、1934年に生まれたジャーナリストの田原総一朗さんは、とても価値のある生き方をしてきたと思います。

まず、歴代の内閣総理大臣や大手企業の会長と会談してきました、彼らの中ではもう亡くなった方も多くいます。歴史に名が残る行いをした人と会話をするのは、もう亡くなってからは無理なことなのです。田原さんは、今は亡きソ連にも行ったことがあります。こういう体験は、現在、いくらお金を出しても体験できないことで、この体験はその時代に生きていた人にしかできないことです。

別に、これは価値の大きい例ですが、別の価値のある例でいえば、1991年にソ連崩壊の臨時ニュースをリアルタイムで見たでも価値のある体験ですし、Windows95を現役で使ったことがある、でも価値のある体験です。なぜなら、今はもう体験できないことだからです。

2020年の我々の今しか体験できないことはなんでしょう。まず、スマホや高性能なパソコンが手軽に触れることですよね。これは田原さんが体験してきたこととは逆に、今お金を出したら、これらをいくらでも使うことができますが、昭和時代の人がいくら金をだしでも、はてなブログを使うことはできません。

また、これが10年後、20年後にテクノロジーの進化が発展したり、どっかの国がどっかの国と統一したときには、2020年に生きていた我々は、スマホ社会で生きていたことや、北朝鮮が脅威だったことを体験してきた人間として、さらに価値のある人間になります。

このコロナ禍を体験したのもとても価値を深める体験では無いでしょうか?

しかし、私は人間の価値は平等とは思いません。

例えば、AさんとBさんがいたとします。

どちらも同じ2000年に生まれたとして、お互い情報社会の元で育っていきます。

Aさんは、小3のころからパソコンに触れ始め、スマホも中学生のころから持ち始めます。そして、情報系の大学へ進学します。

しかし、Bさんは1度もパソコンにさわらず、スマホも持ったことありません。高校卒後、何も考えずに工場へ就職します。

では、2020年になった今この2人の価値はどうでしょう。私はBさんの価値は比較的低い気がします。なぜなら、Aさんはスマホやパソコンの歴史に直に触れてきて、ある時にしか現役で使うことのなったソフトウェアやハードウェアを使って、2020年ではもう体験できないことを沢山しているからです。勿論、Bさんに価値がないわけではないです。

 

いま日本でこういうタレントが流行ってるんだなぁ、、、とかなんて、ほとんどの世界の人間が知らないので、世界のほとんどの人間が知らないことを知ってる時点で価値のある人間、という私の考えでした。

 

そう思うと、田原総一朗さんは戦時中の生活を体験して、玉音放送をリアルタイムで清聴して、高度成長期、朝鮮戦争ベトナム戦争とかの、日本の近くで戦争が起こってる時期にも生きてその世の中の動きをを肌で実感し、IT革命が起こって、ネットとかいう今までの常識を破壊するようなモノがでてきて、さらにAIなんかの近未来的な社会の話題にも触れてきたって、、、人間の1番価値観の変化が激しい時代をちゃんと最先端で生きてるから、物凄い価値がある人間だなぁ、と思います。

我々は敗戦時のこととかは、映像か、文献でしか歴史を確認することができませんが、肉眼でその歴史を見てきたっていうのはね、、、やはり、人間は生きてるだけで価値がありますよ。

 

余談ですが、私が歴史が好きなのも、福沢諭吉ですら現在の1万円札を見たことがないけど、私は財布の中にそれがあるからです。

現状維持では日本のアイドルは韓国アイドルに一生勝てない。

2012年に地上波で放送された『なかよしテレビ』という番組で、K-POPはなぜ人気なのかを討論するコーナーがあったのですが、そこに参加していたマツコ・デラックスさんがなかなかK-POPに対しての評価をせず、J-POPを馬鹿にするなら日本から出ていけ!という感じで激怒したコーナーがあったのですが、それについて今回は色々思うことを書いていこうかなぁと思います。

まず、どのような討論が行われたかを紹介します。

そもそも、『なかよしテレビ』というのは東アジアの三か国である日本、中国、韓国がテーマに沿って討論をするという番組です。

最初に韓国人のリョウさんが発言をするんですよね。

リョウ「日本の芸能界は草野球レベル、韓国の芸能界はプロ野球レベル」

マツコ「あ、ちょっと待って、これちょっとね、私全然納得できないのが。結局は私ね、K-POPとか見てるとアメリカのパクリにしか見えないの」

マツコ「それで、世界で通用するってさっきからずっと言ってるけど、その世界っていうのはどこを指してるの?っていうね」

リョウ「はい」

マツコ「ちょっと待ってよ」

マツコ「だから、アジアの同じような顔したところで、アメリカの模倣品をやって、キャーキャー言われるのが世界の市場だと思われているんでしたら、それで結構ですけども」

リョウ「仰る通りなんです。先ほど先生ともお話してましたけども、日本の芸能界をちょっとだけトレースしたことあったんですよ。だけど、それがダメだってことに気づいたの韓国の業界は」

マツコ「だから、ダメっていうのはなに?ダメの理由をまず説明してから言いなさいよ」

リョウ「世の中に出てけなかったってこと」

マツコ「世の中っていうのはどこの話をしているの?だから」

リョウ「先ほど仰ったように、米国の市場に今K-POPは上陸したんですよ」

マツコ「上陸しただけでしょ?」

リョウ「その前にEUで今ファンが付いていて産業が成り立っている」

マツコ「"EU"ってまた大雑把に言うわね」

マツコ「EUのどの国の誰が支持しているのか言いなさいよ」

リョウ「フランスとドイツ、スペインです。正確に言うと」

マツコ「また、EUの国でもちょっと微妙な国がでてきたな」

リョウ「中国にアジアからEUに行き、それから北米、今最後エンターテインメント最強の地にいま降り立ってるんですよ」

リョウ「J-POPは今そこまですら行けていない」

マツコ「てか、行こうとしてないもん」

マツコ「アメリカで評価されることが全てなの?あなたたちは」

リョウ「全てではなくて」

マツコ「K-POPチャートがビルボードに出ることが成功なの?」

ヒョンギ(韓国の芸人)「ちょっと待って。そしたら、今日本がレディーガガにめっちゃはまってるじゃないですか。それはどういうことなんですか?」

マツコ「いや、いいじゃない。だからあんたたちの国のやつもちゃんと受け入れてやってんじゃない」

マツコ「それでいいじゃないの。なんて素敵な国なのよ。世界の文化を受け入れている国だ。なによ、なんの文句があるのよ。ありがとうって言わんくてもな、文句いわれる筋合いないんだよ」

マツコ「これだけ懐の深い国がどこにあるんだよ、他に。でてけ。やだったらでてけ。受け入れてやってんだよこっちは。お前ら(韓国)もお前ら(中国)も受け入れてやってんだよこっちは」

 

ちなみにこれは2012年に放送された内容なので、現在、世界で人気のK-POPアイドルBTS、BLACKPINKや韓国、日本で人気のTWICEなどはこの時には存在していませんでした。

 

令和の現在でも、インターネットではマツコさんの意見は正論だ、正しいといったマツコの意見を肯定する意見がほとんどだったのですが、私はマツコの意見は否定的な立場なんですよね。

というのも、まず大前提として、これは討論であって議論の場であることで、事実を言って日本が韓国よりも劣っていると感じてもそれは文句ではないんですよ。マツコは日本が馬鹿にされたと感じたのか最後は怒鳴って文句を言われる筋合いはない、とか、やだったら出ていけ!とか発言し、なんかまともな議論ができない私の親みたいな感じになってました。

で、本質的なこところ。まず、リョウさんはK-POPは世界に進出している。J-POPはそれすらできない。という意見を持っていて、地域を日本、中国といったアジア諸国、北米、EUといいました。EUでもドイツ、フランス、スペインを上げました。これに対してマツコは「ちょっと微妙な国」と言いましたが、この三か国だけで人口は約1.9億人でEUの人口の約40%を占めています。そして、マツコは「J-POPは世界に行こうとしていない」と言っていましたが、私はそういう風には思いません。

2012年J-POPとK-POPを盛り上げたアーティストを比較してみましょう。

日本:AKB48、嵐、関ジャニ∞EXILEPerfumeなど

韓国:KARA、BIGBANG、少女時代、PSYなど

ここで日本が大きく負けているのは国際性の無さです。

上に挙げた韓国の人たちは全員外国語を一か国語以上話すことができ、韓国語を歌詞の大半に用いているのにも関わらず世界にウケています。

日本を見てみるとアイドルが英語が喋れないことを笑いとしたバラエティー番組があったりしますよね。

という感じでまずは、J-POPは世界にでようとしてない以前に英語が喋れないので、でたくても、出れません。

え?J-POPは日本国内の市場で十分だから本当に出ようとしていんだよ。だって?

しかし、2020年現在では嵐をはじめとしたジャニーズ事務所は海外展開の重要性をようやく気付いて、めちゃくちゃ力をいれています。例えば、2005年からあるYouTubeにようやく1999年に発売された曲を公開したりと、、、ね。

それとなんどか坂も韓国とアイドルと一緒に活動していたこともあったりと、J-POPは海外にでようとしていないかどうかの答えは出ています。出ようとしたいけどできなかったんです。

ということで、K-POPは世界で売れていてJ-POPは世界で売れていないことは明らかだったんです。

 

それでは、現在を見てみると、2020のK-POPはとても勢力を増しています。もう、世界的にみるとJ-POPは目じゃないです。

www.kpop-radar.com

 

 ↑はK-POPの曲がYouTubeでどの国から多く再生されているかのマップです。

画像をみると、本当に「世界」です。

こういう事実があるにも関わらず、令和の日本人は、2012年のあのマツコの発言に多くの人が肯定し、日本は受け入れてやってんだ、という考えをお持ちの方がいるらしいです。日本はこのGLOBAL K-POPでは全体の6.8%の数なのにね。。。

 

それと、国際性もK-POPは失っていません。

比較すると、まず、アジアで一番人気のあるK-POPアイドル、BLACKPINKはアメリカの有名番組へ出演し、英語圏のバラエティー番組にすごく溶け込んでいます。

www.youtube.com

一方でJ-POPで有名なアイドルである乃木坂48は私が調べた限りだとアメリカや他国での番組出演の映像が見つけられなかったので、乃木坂48の英語力を見てみました。

www.youtube.com

 こうみるとリョウさんが言っていた

 「日本の芸能界は草野球レベル、韓国の芸能界はプロ野球レベル」

という言葉の意味が分かる気がしますね。

芸能界でいう草野球は英語をはなせる必要はないですが、芸能界でいうプロ野球は英語や国際性が必要ということなんですね。

 

それでも多くの日本人はマツコの意見に賛同していたのですが、ちゃんとK-POPを認めている人もたくさんいます。

韓国という国で先入観を持ち、日本がそれより劣るわけがないといった感じで事実に目を背けていまうのはよくないと思いますね。

 

K-POPはこうこうこういう理由だから世界に出ているだけであって。。。」と言ってる人もいますが、世界で人気があることは変わりません。事実を受け止めましょう。

と思うK-POP好きな大学生の意見でした。

体罰してもいいことない

2020年6月にパワハラ防止法が施行されますね。

パワハラ防止法の正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」らしいです。。。長い。。。

このパワハラ防止法には、私の会社ではパワハラとはこういうものです。パワハラの相談をちゃんと受け対処します。みたいなのを会社に義務つけるものなんですが、この法律が施行されるまでパワハラの定義はとても曖昧だったというわけですね。。。

 

私はまだ社会人ではないのでパワハラといってもイメージが湧きませんが、学生の私にとって体罰というパワハラの学生版的なものならイメージできますね、、、

 

欧州では体罰は絶対の悪としている国がほとんどなのですが、日本では体罰は建前としては絶対の悪としているんですが、心の奥底では、体罰は昔は当たり前だったんだし仕方ないと思っている人だらけです。

 

私がおもう体罰を受けてしまった人間の特徴は、まず絶対条件として先生の話を聞かなかった人で、その次に、行き過ぎた言動をした人。昔だと先生の期待通りの成果が出せなかった人、とかもいるのかな。。。

 

日本には少なくとも日本から体罰がなくなってしまうと大変なことになり、今の日本の落ちこぼれな若者がいるのは体罰をしなかったからと本気で思っている人がいるらしいです

その人達がなぜ日本から体罰がなくなると大変なことになるのかと思っているのかというと、「現に今の世代はニートが増え若者はだらけている。これは体罰をせず甘やかしたからだ。ニートだらけでは国が崩壊する。」

という理由らしいです。

 

私はこの意見が間違っていると思っている人間なんですが、まず、体罰を絶対の悪として教育に一切取り入れてない欧州諸国と比べて体罰がまだある日本(体罰心理的攻撃も含まれる)とニート比率を比較してもそこまで差がありません。むしろ体罰をより受けてきたであろう中年にニートが多かったり全体人口でみると日本のほうがニート比率は高いです。

あと、体罰を一切受けてこなかった国々と、体罰が教育にある日本では大きな差があります。それは、仕事のやる気度です。

www.nikkei.com

日本は断トツで最下位です。。。

「現に今の世代はニートが増え若者はだらけている。これは体罰をせず甘やかしたからだ。ニートだらけでは国が崩壊する。」って言った体罰肯定派の人たちは、体罰を受けていない国の国民が仕事にやる気があり経済を回していることの矛盾をどう説明するのでしょうか。。。

 

現日本には体罰がないから子供が甘えて駄目になる、っていってるのは違う気がしますね。別の問題があるでしょう。

そう、親とか先生にね。

子供は生まれた時は全ての物事を知らない状態で生きていくのでそれをサポートするのは彼らです。

子供に問題があるのなら親、先生に問題があるということです。体罰どうこうではないですね。

国際市場で逢いましょう という韓国映画を観た

こんばんは、眞島葵慎です。

どうでもいいかもしれませんが、「真島」から「眞島」に改名しました。どちらも読み方は変わらないです。

 

今日は無性に現代史の韓国に関連した映画がみたいな~っていう気分だったので、「国際市場で逢いましょう」という映画がたまたまアマゾンプライムであったので、観ました。

 

とても良い映画でした。

韓国と日本って近くて現在では同じような国になっていますが、戦後の歩み方がまったく違うことを改めて印象付けられました。(韓国での戦後は第二次大戦後ではなく朝鮮戦争後のことを指す。)

とくにこの映画では朝鮮戦争後の庶民に焦点が当てられており、朝鮮民族の家族を思う気持ちがいかに強いかがわかる映画でした。

また、私が特に印象深かったのは朝鮮戦争で家族と別れてしまった人々が集会を各地で開き、名前と特徴が一致した人とがテレビ中継で再開するというシーン。

↓ネタバレ注意

www.youtube.com

日本では、内戦によって家族とが分かれてしまい行方不明になるという歴史が私の知る限りないですが、朝鮮半島では多くの世帯が家族との別れを体験しているんですよね。

 

日本は1945年以降戦争が起きたり、参加することがなかったですが、日本も位置する東アジアは数十年前まで戦争を余儀なくされましたね。そこに住む庶民、また儒教の信仰が強い韓国での家族との物語がとても面白かったです。

 

国際市場で逢いましょう 予告映像↓

www.youtube.com

YouTubeに替え歌を投稿してみました。

はい、真島葵慎です。

読者になっていただいている6人の皆さま、私のブログの読者になっていただきありがとうございます。

最近では、私のブログに星マークもつけてくれて、とてもうれしく思っております。

 

さて、私は最近海外のRucka Rucka Aliさんという風刺風味なパロディー曲をアップロードしている人にはまっていて、私もそのような動画を作ってみたい、という思いがあったんですよね。

実は1月くらいからそういった動画をちょくちょく作っていたのですが、途中でやっぱりやめたほうがいいかな、とか、声の加工の仕方がわからない、といった理由で動画の作成を断念していました。

しかし、日本でそういった人気な替え歌の動画ってなにかあるかな?と探してみたところ、「宿題を忘れた時の言い訳でまちがいさがし」や「金遣い荒くて批判を受けるヒカキンさんの歌『ヒカキンサンバ』」とかいうのばっかだったので、海外で流行している?政治系の替え歌もアップロードしていこうかなぁと思ったとこです。。。

 

ということで、クソくだらない動画かもしれませんが、今後こういった動画もアップしていくので、よろしくお願いします。(基本私が政治や社会などの不安な点をピックアップして曲にします。)

 

www.youtube.com

こ れ は ひ ど い

声の加工の仕方とかも分からず超音痴糞蛞蝓野郎です。

 

もちろん、これからもブログはちゃんと続けていきます。

 

著作権に関しては、YouTube側が自動で収益化はできないが動画にペナルティーを与えない設定にしてくれました。あざます。

アメリカ、韓国、台湾とかに住んでいたら一部の収益が受け取れるようになるらしいです。。。法律の壁、、、

私が勉強したい日本の問題点

日本にはいろいろな問題がありますよね。最近だとハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」のツイートで数々の著名人やYouTuber、ツイッタラーがツイートしていて話題になった日本の内閣と検察の結びつきが強すぎるという問題ですね。

こういうハッシュタグをつけてツイートしている数々の人に思うことはそのことについて本当に関心があるの?です。

もちろん、日本は思想、良心の自由、言論の自由が保障されているのでこういうツイートをしていたり、こういったことを必死に抗議している人に対してマイナスな印象は抱きません。

しかし、日本には多くの人が注目していない点がいくつかあると思うんですよね。

これに関しては私個人的意見なので、私の関心のある日本の問題点と皆さんが思う日本の問題点は違って当たり前だと思います。

今回は2つ挙げます。

 

一つ目は文字です。

現在日本で事実上使用されている文字は日本文字(そんなものはない)ではなく、漢字、カタカナ、ひらがなです。

は?これのなにが問題なのって昔の私ならそう思ってたんですけど、これって最近使われたってわけじゃないってことは知ってますよね。注目するのは漢字とカタカナです。

日本は戦前(戦後も少しの間)旧字体という漢字の字体を使っていました。

この旧字体というものは、漢字が簡略化される前の中国と現在の台湾、マカオで使われている繁字体という字体とほぼ一緒である字体です。

例えば、戦前の日本で「広告」という文字を表す場合「廣告」と表していました。

この「廣」が旧字体で「広」が新字体と呼ばれるものです。「広」や「学」といった新字体は戦前まで中国や日本(漢字文化圏)では存在せず、使われていない文字でした。

(例として台湾、マカオで大学や広告という文字を表すときは廣告、大學と表し、戦前まで日本もそう表してしました。台湾やマカオに行ったときや記事を読むときに便利やね)

日本がこういった漢字の字体を変更したのにはGHQの影響が大きく関与しています。

まぁこれについては、ちゃんと知識をつけてから別の機会に記事にします。

私個人の意見としては、旧字体のメリットも考えて議論は必要だと感じましたね。

ん?旧字体とか文字書くときめんどくさいじゃん。って?この時代に文字書く機会とかだいぶ限られてきましたよね。。。うん。

カタカナに関しても別の機会に。。。

 

 

二つ目は著作権法の問題です。

フランスやアメリカでは「パロディー」に関しての法律をちゃんと制定していて、もし、~するなら~してください、みたいな感じできちんと管理できています。

しかし、コンテンツが豊富な日本での著作権法はとてもあいまいで「パロディー」に関してはちゃんとした法律がありません。

日本の実体では二次創作、音MADがインターネット上でとても流行していて、いわゆる「厳密に言うと」全部著作権法違反です。

しかし、私は思うわけですよ。法治国家である国の法律に「厳密に言うとダメだけど」っていう概念はあっていいのかと。。。

私は、二次創作などについては、日本国憲法で保障されている表現の自由、思想、良心の自由で保障されているので全然良いものだと思います。むしろ、日本の厳しすぎて、あいまいな著作権法憲法に反していると思います。

 

と、いうのも私は最近海外の人気曲をパロディーとして風刺風味に替え歌をする動画にはまっていて、そういったものを作ってい見たいと思っていてそういうことに関心を持つようになっんですよね。

www.youtube.com

 ↑アメリカではこういった風刺風味のパロディー曲が替え歌としてではなく、「自分の曲」としてリリースでき、フェアユースという形で収益も得ることができます。

 

日本の著作権法についても勉強していきたいですね。